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健診で相談しても、返ってくるのは「様子を見ましょう」という言葉。
頭では「そういうものだ」と理解しようとしても、なぜか胸のざわつきが消えない——
そんな経験はありませんか。
外から見ると元気そうで、笑顔もある。
大きな困りごとがあるようには見えない。
でも、いちばん近くで毎日見ているからこそ、「何かが違う」と感じてしまう。
この“言葉にできない違和感”は、とても孤独です。
周りにうまく伝わらないぶん、「私が心配しすぎなのかな」と自分を疑ってしまうこともあります。
この記事では、私が息子の発達をめぐって何度も「様子見」と言われながら、
それでも直感を手放せなかった理由と、のちに「感覚統合」という視点に出会って
点と点がつながっていった経緯をまとめます。
読んでいただくことで、
- 「様子見」と言われたときの心の置き場
- “できた/できない”だけでは拾われにくい違和感の正体
- 不安を抱えたままでも、次につながるヒント
が持ち帰れるように書きました。
もし今あなたが、理由は説明できないけれど落ち着かない気持ちを抱えているなら。
その感覚は、決して間違いではないかもしれません。

「様子見」と言われても、お母さんの直感は信じていい
健診で「異常なし」「様子を見ましょう」と言われても、どうしても消えない胸のざわつきがある。
それは、心配性だからでも、考えすぎだからでもなくて——
毎日いちばん近くで見ているお母さんだから気づける“質的な違い”が、
確かに存在することがあります。
私自身、息子の発達について何度も「様子見」と言われました。
でも後になって、「あのときの違和感は間違いじゃなかった」と思えた出来事がいくつもあります。
今日は、同じように悩んでいる方へ向けて、
“様子見の言葉の前で立ち尽くしていた私”が、感覚統合という視点に出会うまで、の経緯を書きます。
健診での「異常なし」と母の直感のズレ
息子の発達は、全体的にゆっくりでした。
乳児健診のたびに相談していたのですが、返ってくる言葉はいつも決まっていました。
「様子を見ましょう」
その言葉は冷たいわけではなく、きっと一般的で丁寧な判断だったのだと思います。
でも私は、その言葉をそのまま受け取ることができませんでした。
息子は表情も豊かで、機嫌よく過ごすことが多い子でした。
一見すると困りごとが目立たない。だからこそ余計に、周囲には伝わりにくい。
それでも日々の小さな積み重ねの中で、私の中にはずっと
「何かが違う」という感覚が残り続けていました。
私が感じていた「小さな違和感」リスト
- 抱っこした時に身体が反りやすい、または突っ張る感じがする
- お座りの姿勢が、月齢の割に背中が丸く不安定
- 音や肌への刺激に敏感なところがある
- 表情は豊かで目は合うけれど、運動発達に独特の「質」の違いを感じる
他の子と何が違ったのか?(抱っこの感触、お座りの姿勢)
その違和感は、とてもささやかなところにありました。
それは息子の「姿勢」です。
当時参加していた「赤ちゃん会」で、同じくらいの月齢の子たちを見る機会がありました。
多くの赤ちゃんは、手足を自然に曲げて、全体が丸く、やわらかい印象です。
床に寝かせると、ふわっと自分で丸まっていくような、安心した形。
でも息子は、抱っこをしてもどこか “伸びる”感覚がありました。
私もできるだけ丸く包むように抱くことを意識していましたが、その違いは消えませんでした。
言葉にできるほど明確ではないけれど、触れている感覚の中で確かに
「身体の使い方、何かが違う.. 」と感じ続けていたのです。

大学病院での受診と「歩けた」あとの胸のざわつき
健診では、
- 3〜4ヶ月健診:指導事項なし
- 6〜7ヶ月健診:指導事項なし
たくさんの赤ちゃんを限られた時間で診る健診では、よほど大きな問題がなければそうなる。
頭ではわかっているのに、不安は静まりませんでした。
私は次の健診まで待てず、9ヶ月のときに追加で診てもらうことを希望して、かかりつけ医を受診しました。
体のやわらかさ、お座りの不安定さ、反りやすさを伝えると、
「座れてはいるからね」
と言いながらも、先生は私の不安の強さを汲み取ってくださったのかもしれません。
「お母さんが心配なようなら」と、大学病院への紹介状を書いてくださいました。
ところが、大学病院の初診で返ってきたのは——
「座れてるじゃないですか」
母子手帳に細かく書いていることに触れられ、
「二人目育児くらい、少し力を抜いた方がちょうどいいんですよ」
そんな言葉も印象に残っています。
でも、私の目には当時10ヶ月の息子のお座りは、同じ月齢の子たちとは全く違って見えていました。
背中は丸く、手で支えないと保てない。まるで生後5〜6ヶ月の赤ちゃんのように感じたのです。
私が知りたかったのは、「大丈夫」という安心ではありませんでした。
遅れていても追いつくならいい。
でも、もし将来に影響するなら、その時点でできることをしたい。
私は“真実”が知りたかった。
その後も大学病院には、胃食道逆流症の治療で通っていたので、発達についても伝え続けました。
「1歳半で歩かなければ検査を考えましょう」と言われたこともあります。
そして息子は、1歳3ヶ月でヨタヨタと歩き始めました。
「ほうら、歩いた。」と先生。
でも私の胸のざわつきは、止まりませんでした。
気になっていたのは「歩けるかどうか」ではなく、
「どんなふうに体を使っているか」、
その“質”だったからです。
ただ、その違和感を説明できる言葉を、当時の私は持っていませんでした。
それでも、不安定ながらも歩くことを嬉しそうにする息子を見つめると、
焦り以上に、心から幸せな気持ちをいつも持っていたことを覚えています。

ようやく出会った「感覚統合」という視点
1歳を過ぎると園選びの時期が近づきます。
当時住んでいた街は園の選択肢が豊富でしたが、運動発達への不安がある息子を前に、
「ここなら預けても大丈夫」と思える園が見つかりませんでした。
住む場所や、専門的に相談できる環境も含めて考え、私たちは引っ越しを決めました。(関東から関西へ)
引っ越し先では、もう迷わずに発達検査を希望しました。
これまでの経緯がうまく伝わらなかった経験もあり、「相談」より先に「検査」を受けたいと思ったのです。
待機期間のあいだ、私は自分なりに調べ続けました。
そのとき出会った言葉が「感覚統合」、
この言葉のインパクトは忘れられません。
息子の音や肌への過敏さ、体のやわらかさ、反りの強さ。
点だったものが、少しずつ線になっていく感覚がありました。
もし感覚統合に課題があるとしたら、私が感じてきた違和感は全部説明がつく。
そして数ヶ月後、発達検査を受けたとき。
私は初めて、息子の「生きづらさ」が外からも見える形で示されたように感じました。
そこからようやく、支援につながる道が少しずつ開いていったのです。
当時の私は何度も思っていました。
「困っているのに、困っていないように見える子」は、いったいどこで拾われるのだろう、と。

今、同じように悩んでいるお母さんへ伝えたいこと
健診で「様子見」と言われたとき、それでも胸がざわつくなら——
その感覚は、あなたが毎日積み上げてきた観察と、抱っこしてきた時間が教えてくれているものかもしれません。
もちろん、心配しすぎて疲れてしまうこともあります。
でも、直感は“暴走する不安”ではなく、“違いを感じ取るセンサー”として働くことがあります。
そしてもうひとつ。
「歩けた」「座れた」という“できた・できない”だけでは拾われない子がいます。
大事なのは、できているように見える中にある“質の違い”だったりします。
だから、もし今あなたが
- 周りには伝わらないけれど、ずっと引っかかっている
- 説明できないけど、何か違う気がする
- 「様子見」と言われても落ち着かない
そんな状態なら、どうか思い出してほしいです。
「様子見と言われても、お母さんの直感は信じていい」
その直感は、あなたとお子さんを守るための、大切な入り口になることがあります。















